大判例

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大阪地方裁判所 昭和48年(ヨ)2405号 判決 1974年4月30日

申請人 甲野一郎

<ほか二名>

右訴訟代理人弁護士 新谷勇人

同 本田陸士

被申請人 松下電器産業株式会社

右代表者代表取締役 松下正治

右訴訟代理人弁護士 松本正一

同 橋本勝

同 森口悦克

主文

申請人らの本件各申請はいずれもこれを却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の求めた裁判

一、申請人ら

「(一)、被申請人が申請人乙山二郎および同甲野一郎に対し各昭和四七年一〇月一一日に、申請人丙川三郎に対し同年一一月二〇日にそれぞれなした懲戒解雇の意思表示は、本案判決確定に至るまでの間仮りにその効力を停止する。

(二)、被申請人は申請人乙山二郎に対し金八三万四、三二二円および昭和四八年八月二一日以降翌月二五日限り毎月金五万六、八〇〇円あてを、申請人甲野一郎に対し金九九万七、六五四円および昭和四八年八月二一日以降翌月二五日限り毎月金六万七、五〇〇円あてを、申請人丙川三郎に対し金八四万三、八〇四円および昭和四八年八月二一日以降翌月二五日限り毎月金六万四、八〇〇円あてを仮りに支払え。

(三)、被申請人は申請人らに対し前項の各賃金を基礎として就業規則その他の定めるところによって各算出された昭和四八年八月以降の夏季一時金および年末一時金をそれぞれ仮りに支払わなければならない。

(四)、被申請人は正当な組合活動のため申請人乙山二郎および同丙川三郎が門真市松葉町二番七号所在の被申請人生産技術研究所構内に、申請人甲野一郎が同市同町二番一五号所在の被申請人電機事業部構内に入構するのを妨げてはならない。

(五)、申請費用は被申請人の負担とする。」との裁判

二、被申請人

主文第一、二項同旨の裁判

≪以下事実省略≫

理由

一、被申請人会社が申請人ら主張のとおりの企業であり、申請人らが中学校ないし高等学校を卒業後被申請人会社に雇傭されたこと、申請人らが昭和四四年一一月一六日所謂佐藤首相訪米阻止闘争に参加し、同日午後四時頃東京都大田区蒲田四丁目四九番地所在の京浜急行蒲田駅において警察機動隊と衝突した結果いずれも兇器準備集合、公務執行妨害罪の現行犯として逮捕、勾留され、東京地方裁判所に起訴されたこと、右起訴により被申請人会社が申請人らをいずれも起訴休職処分に付し、賃金の六〇パーセントの支払いしかしなかったところ、申請人らが右処分の取消し、賃金および賞与の全額支給を求めて当裁判所に対し申請人ら主張のとおりの仮処分申請をなし、当裁判所が申請人ら主張のとおりの仮処分決定をなしたこと、被申請人会社の就業規則五七条一項、九二条一項、給与細則二二条、二三条、労働協約七七条二号として、いずれも申請人ら主張のとおりの規定が存すること、その後の昭和四七年一〇月頃申請人らがいずれも東京地方裁判所において前記事件につき有罪の判決を受けたこと、被申請人会社が右有罪判決を理由に申請人ら主張の日に申請人らをいずれも懲戒解雇としたことの各事実につき当事者間に争いがなく、右有罪判決は申請人丙川三郎が懲役二年、同乙山二郎、同甲野一郎がいずれも懲役一年三月の各実刑判決であったことにつき申請人らにおいて明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

≪証拠省略≫によれば、申請人甲野一郎が昭和三六年三月被申請人会社に雇傭され(当事者間に争いがない)被申請人会社電機事業部生産技術部治工具課保全係機械班に配置され、主としてプレス関係の突発的事故の修理を担当してきたこと、被申請人丙川三郎は昭和三八年三月被申請人会社に雇傭され、所定の導入訓練をうけた後、被申請人会社生産技術研究所に配属され、昭和四〇年三月同研究所機械事業部型工場設計課に配置されて初歩的設計業務に従事し、昭和四三年八月からは同事業部特殊部品工場に配置替えされ、主として納入部品の検査係となったこと、申請人乙山二郎は昭和四二年三月被申請人会社に雇傭され(当事者間に争いがない)被申請人会社生産技術研究所機械事業部型工場に配置され、金型仕上げの仕事に従事していたことの各事実を認めることができ、右認定を左右すべき疎明はない。

二、ところで、申請人らは就業規則九二条一項九号に規定する「有罪の判決」とは「有罪の確定判決」の意である旨主張するので、まずこの点につき検討する。

前記のとおり、就業規則九二条一項九号は「有罪の判決を受けたとき」懲戒解雇とする旨規定しているのに対し、同規則五七条一項七号(起訴休職の場合)は従業員が起訴された場合「必要あるとき」これを休職としその休職期間を「判決確定までの期間」と規定しているが、そのことの故に懲戒解雇事由の「有罪の判決」をもってただちに「有罪の確定判決」の意と解釈することは文理的に困難といわなければならない。

尤も、申請人らが主張するように起訴休職制度との関連から、右「有罪の判決」を受けたことによる懲戒解雇を統合的に解釈すべきこととなれば、右文理上の相異を必ずしも重視すべきでないことはいうまでもない。

しかし、従業員が「有罪の判決」を受ければ、それがたとえ一審の未確定判決であっても、裁判所の判断として社会的に重視され、また事実上上訴審においてそれが取り消され無罪とされることがまれなところから、社会的には確定判決と同じような影響力を有し、その結果既に一審の有罪判決の言渡しがあった時点において、(1)、企業内の他の従業員との信頼関係、人間関係に異和感をもたらし、それが職場秩序に対する悪影響を生じうること、(2)、当該従業員の地位および犯罪行為の内容如何によっては、企業の名誉、信用を棄損せしめること、(3)、判決がもし実刑判決ともなれば、保釈の取り消しにより収監されることもあり、かくては就労不能の結果をもたらし、企業運営に支障を及ぼしうることがあることは否定できない。そこで以上の如き悪影響を企業が受けることから、企業が判決の確定をまたないで一審判決言渡しの段階で、当該従業員を懲戒に付すべき必要のある場合のあることを否定しきれないこと、≪証拠省略≫によれば就業規則九二条一項において、「有罪の判決」を受けた場合のほか、従業員が「暴行、脅迫その他の不法行為をして著しく社員としての体面を汚したとき」(一一号)とか「社品または他人の私有物を盗んだとき」(五号)という犯罪行為をなしたことをも懲戒事由として規定していることが認められ、このような場合当該従業員が官憲の捜査を受けたり或は起訴ないし有罪の判決を受けるまでもなく、被申請人会社独自の認定により懲戒処分をなしうるものと解せられるし、また右「有罪の判決」を受けたことによる懲戒事由は、五号、一一号に該当する場合に限ってみると、そのうち情状の悪いものがこれに該当すると考えられること並びに企業が独自に従業員の犯罪行為を認定することをひかえ国家機関である裁判所の有罪判決をもってその認定とすることも許されると考えられることに徴すると、従業員が「有罪の判決」の言渡しを受けた時点で既に当該従業員を懲戒に付すべき実質的理由があるものといわなければならない。

そして、前記のとおり起訴休職を定めた就業規則五七条一項七号においてその休職期間を「判決確定」までと定めているが、同時に右規定において起訴休職となすのは「本人の非行によって刑事事件に関し起訴され必要あるとき」と定めていることも当事者間に争いないところであって、起訴されたからといって当該従業員を必ず休職に付さねばならないものではないことは右規定上明らかであるうえ、また起訴休職となった従業員の具体的事情により休職の必要がなくなれば起訴休職の解除をなすこともその運用上一向にさまたげないと考えられ、右のような休職並びに休職期間につき裁量の余地のあることに照らすと、「判決確定までの期間」とは被申請人が主張するように起訴休職の最長期限を定めたものと解するのが相当である。

ところで、起訴休職制度は従業員が起訴されたことにより蒙る企業への悪影響を防止するため当該従業員を一時企業から排除することを主眼とするものと解せられるが、同時に起訴事実につき企業が調査し当該従業員の処分につき検討をなす猶予期間の意味もあって、有罪判決を理由とする懲戒処分の面からみると、運用上、右懲戒のための手続に対する先駆的な機能を有することは否定できない。尤も、従業員の利益のみからみれば、有罪判決が確定するまで懲戒処分を受けないものとされることは好ましいことといえるであろう。

しかし従業員が有罪判決の言渡しを受けた時点で、既に企業が前記の如き悪影響を受けることが考えられ、企業としても右悪影響を防止するためその時点で当該従業員の犯罪行為の存在を認めこれに対する懲戒処分をなす実質的理由のあることは否定できないから、企業が起訴休職の最長期限として有罪判決の確定までと規定し、他方判決確定前に有罪判決を理由として懲戒処分をなしうる旨規定することは、何等矛盾するものではなくさしつかえないものと解せられるところ、≪証拠省略≫によれば、被申請人会社は被申請人会社労働組合との間で労働協約を締結するに当って就業規則九二条一項と同様の規定の協約をなし、労使間において「有罪の判決」とは確定判決のみならずすべての有罪判決を意味するものと解釈し、運用してきていることが疎明され、右認定を左右すべき疎明はないから、就業規則九二条一項九号に規定する「有罪の判決」とは、一審の有罪判決の言渡しをもって足りるものと解するのが相当である。

三、ところで、企業が従業員に対し懲戒権を有することの根拠如何については諸説の存するところであるが、少くとも就業規則に懲戒規定を有する場合にあっては、これを根拠として企業の懲戒権を認容しうべきものと解せられるところ、それは企業秩序の維持という点からその合理性を根拠付けうるものであるから、企業秩序と無関係な従業員の私的行為に対してまで企業の支配力は及びえないところであり、就業規則によっても、右のような私的行為に対してまで無制限に懲戒の対象となすことは許されないものといわなければならない。

そして、従業員の企業外における私的行為は、一般的にみて企業と無関係のものということができるであろう。

しかしながら、従業員の企業外における私的行為であっても当該従業員の企業における地位、当該私的行為の内容如何によっては、企業に影響を及ぼすことのあることも否定できないから、それが企業に悪影響を及ぼす場合をあらかじめ就業規則に規定し、これを懲戒事由とすることは許されると解せられる。

そこで、従業員が企業外における私的行為によって有罪判決を受ける場合につき考えてみるに、この場合には企業に対し前記のとおりの悪影響を及ぼすことが考えられるから、企業秩序維持の観点から、懲戒事由として就業規則に規定することは妨げないものというべきである。

尤も、有罪判決といえども比較的軽微な形式的犯罪から罪質の重大且破廉恥な犯罪に関するものまで種々の判決がありうるし、その刑の軽重も千差万別であって、具体的にはこれによって企業が蒙る悪影響の程度も様々であるから、従業員が有罪の判決を受けたからといって、当該従業員を当然に懲戒しうるものとはいえないであろう。

ところで、前記のとおり申請人らは所謂佐藤首相訪米阻止闘争に参加し、警察機動隊と衝突し、兇器準備集合、公務執行妨害罪の現行犯として逮捕勾留され、東京地方裁判所において申請人丙川三郎が懲役二年、同乙山二郎、同甲野一郎がいずれも懲役一年三月の各実刑判決を受けたものであるが、≪証拠省略≫によれば、申請人らが有罪判決を受けた刑事事件の罪となる事実は、昭和四四年一一月一六日、京浜急行蒲田駅附近においていずれも警備に従事する警察官の身体等に対し多数の労働者らと共同して危害を加える目的をもって、右の者らとともに兇器として多数の火炎びん、鉄パイプ等を携え準備して集合し、多数の労働者らと共謀のうえ、労働者らの違法行為の制止、検挙等の任務に従事していた警視庁警察官らに対し火炎びん、石塊を投げつけるなどの暴行を加えその職務の執行を妨害したものであり、右犯行等によってなされた所謂過激派の行為は反社会的行為と評価され、一般世論の極めて厳しい反発を受けたことの各事実が疎明される。

右事実によれば、申請人らが行った右闘争行為はその政治的意図はともかくとして、極めて違法性の強い犯罪行為とされ、社会的に厳しい責任を問われたものということができる。

そこで、申請人らの右違法行為によって受けた有罪判決が被申請人会社に如何なる影響を及ぼしたかにつき検討するに、被申請人会社が右有罪判決の結果被申請人会社の社会的信用を失墜したとかこれを棄損したような事実についてはこれを認めうべき疎明がなく、また申請人らがいずれも前記の如く規模の大きな被申請人会社の末端労働者であることを考えると、右有罪判決によって、被申請人会社の社会的信用が失墜ないし棄損される虞も容易には認め難いところである。

しかしながら、≪証拠省略≫によれば、申請人らの前記犯行に対する他の従業員の批判、反発の声が強く、申請人らがこれらの従業員と協調して職務に従事することには相当の支障のあることが窺えるところ、前記有罪判決により申請人らの職場内における人間関係に一層の悪影響を及ぼすことが推認される。

そして前掲証拠によれば、被申請人会社は申請人らが前記闘争に参加することにより不祥事の生ずることを防止すべく、上司において年休の時季変更権を行使したり或は上京しないよう説得したりしたものの、結局申請人らは敢えて右闘争に参加し、前記のとおり逮捕、勾留され、半年ないし一年近くの間就業不能の状況となり、被申請人会社の作業計画に影響を及ぼし、労務の提供につき他の従業員に迷惑を及ぼしたことが認められること、その有罪判決が前記のとおりの相当厳しい実刑判決であることの各事情に照らすと、申請人らは右有罪判決を受けたことにより被申請人会社の職場秩序に相当の悪影響を及ぼしたものというべきであり、申請人らの職場復帰を認めることはさらに職場秩序の悪影響を増巾せしめるものと認められるから、被申請人会社が前記有罪判決を理由としてなした申請人らに対する本件懲戒解雇は有効というべきであって、懲戒権の濫用とか懲戒処分の裁量を逸脱したものとはいまだ認めることはできない。

四、そうだとすると、本件懲戒解雇が無効であることを前提とする申請人らの主張は、さらに論ずるまでもなく理由がなく結局申請人らの本件仮処分申請は被保全権利の疎明がないものというべきであり、保証をもってこれに代えるのも相当でないから、申請人らの本件仮処分申請はこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 志水義文 裁判官 小林茂雄 裁判官森野俊彦は転任のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 志水義文)

<以下省略>

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